2006年05月19日

ほんわかプレイグループ

 最近、毎週水曜日はシュタイナースクールのプレイグループに行っている。最初はなんとなく、どうしたらいいのか分からなかったけど、最近は子供達も場所や人に慣れてきたみたいで、とても楽しい。

 特に、先週から30分、お母さんのひとりが歌と遊びの時間をはじめてくれて、これが嬉しい。『Row Row Row your boat』なども、お船を漕ぐばかりではなく、途中で蛇が出て来たり、熊(?)とお茶を飲んだり、という良く分からないファンキーな歌詞で動作遊びをしたりする。やはり、英語の歌とか、私はまだ馴染みが薄いので、こうして教えてもらうと親子ともども嬉しい。

 プレイグループは毎週水曜日と金曜日にあって、スケジュールはこんな感じだ。

9:15 スタート。水曜日は歌と遊びの時間(〜30分)。
9:45-10:00 自由遊び。
10:00 お茶の時間。参加者は、一人一つの果物を持ってくる約束になっていて、それをみんなで食べる。食べる前には洗面器で手を洗い、キャンドルを灯し、感謝の言葉を言ってから食べる。子供達の一番好きな時間か? 
10:30頃(食べ終わったら) 自由遊び。
11:00頃 天気が良かったら、砂場や滑り台でお外遊びのことも。
11:45 解散。

 0歳〜1歳の子も沢山いて、3時間はきついので、途中で帰る、あるいは途中から来る人も多く、出たり入ったりだ。自由遊びのときは、学校に置いてある木のおもちゃ、楽器、お人形、布、石、貝殻なんかで遊ぶ。このプレイグループは3歳以下の子供達が集まって遊ぶものだけれど、3歳に近い子は、おままごとなどをしたりする。

 私としては、集まっているお母さんたちが、みな手作りが好きだったり、ちょっとアルタナティブだったりしていて、回数を重ねるたびに少しずつより多くの共通点を見つけることができるのが楽しい。自宅出産を試みたお母さんも多く、同じ両親学級からも他に2組来ている。日本人のお母さんも、実は全部で3人来ている。ダイビングのインストラクターの人もいるのを発見(私もダイビング歴は20数年になる)。話題で出てくる布おむつのこと、ピープーのこと、予防接種のことなどに関しても、みなリサーチが進んでいるというか、とても良く考えていて、まさに情報交換という感じ。また、間違いなく、「マクドナルドで誕生日パーティ」という方向に行かないのも有難い(笑)。そして何より、全体にほんわかしたグループである。

 私自身、シュタイナーは「なんとなく憧れ」レベルであって、その本質を追求するに至ってはいないんだけど、こういう柔らかい時間を過ごせるのもなかなかいいなあ、続けていけるといいな、と、ちびちゃん達の遊びを見ながら思う。


IMG_4130b.jpg

★お茶の時間。みんなで座って食べるんだけど、結構きちんとしているんだな、これが。ウルフはいつも、紅一点の反対。唯一のパパ参加でがんばってます。

2006年04月11日

プレイグループ初参加

 最近、アロハとふたりで遊んでいると、アロハがいろいろと「ワガママ」を言う。「たっちしたい」「抱っこして」「もう飽きた」「それはいや」等々であり、アロハは本当は可愛い声の持ち主なのに、そういう時は、悪霊がついたか、というくらいの「ぐぅぅぅえぇぇぇぇ」という腹の底から響くような声を出すのである。ちょっと、笑っちゃうくらいなモンスターぶり。

 でも、こういう「ワガママ」は、今のところ、家にいる時にしか出て来ない。なので、この頃、アロハが起きているときにはせっせと外に出るようにしている。

 先週の水曜日には、シュタイナーのプレイグループに初めて行った。さらに、土曜日には、シュタイナーのワーキングビー(親が学校の仕事をする日)があり、私達はワーキングはしなかったんだけど、仕事のあとの『たき火とご飯』にお呼ばれした。

 ダニーデンのシュタイナー学校と幼稚園の規模はとっても小さい。でも、とても素敵なロケーションにあって、学校を囲む丘からオタゴ湾が広々と見渡せる。引っ越しして新しい校舎になったばかりなので、建物自体はまだまだシュタイナーの色合いがあまりないが(もともと、公立の小学校の校舎だった)、お庭には大きな砂場や坂を利用した滑り台、それに木でできたアーティスティックな門があって、良い感じである。

 プレイグループ(2歳以下)といっても、初めてだったし、他のお母さんとおしゃべりをしたくらいで、何をしたらいいのかちょっと分からなかった。途中のお茶の時間には、小さなテーブルを囲んで、ロウソクを灯して、みんなで手をつないで「食べ物さんありがとう」というようなこと(内容忘れた!)を言った。一緒に来たウルフは、ここのところが特にお気に入りだった。

 たき火の夜はとっても素敵だった。だんだん日が暮れて来て、たき火が大きく燃え盛って、音楽がはじまった。アコーディオンとバイオリンとギター。女の子たちが踊り始め、男の子たちは広い校庭を走り回っていた。炎に照らされた小さな子たちは妖精みたいだった。子供達にとっては、ベッドの時間になっても外で遊べると言う、ものすごく貴重な機会。本当に心からの笑い声で、気持ちも暖かくなった。

IMG_3689.jpg

 とはいえ、私達は、まだどのプレイグループが良いか、見て回っている段階。以前から気になっているセント・レナーズのプレイセンター(自主保育システム)にも行ってみた。

 ちょうど、プレイセンターのガレージセールが土曜日の朝にあったので、朝8時半ごろ、がんばって出かけた。いやもう、すっごい人! 洋服もおもちゃも本もいっぱい! 家具やベッドもある! それに安い! 思わず大量の衝動買いをしそうになったが、家には「物を増やすのが嫌い」なパートナーがいる。何でも溜め込む私にとっては良いコントローラーになっていて、おかげであまり買わずに帰った。といっても、以下の通り+お洋服少々。全てで10ドルでありました!

IMG_3685.jpg

 ガレージセールで会ったお母さんたちが感じ良かったので、昨日はプレイセンターに遊びに行った。10時頃行って、11時45分の終了時まで居たのだが、大きな子もいるので、なかなか興味深いことをしていた。

 というのは、この日は特別の「ストーン・スープ・デー」だったのだ。ストーン・スープというのは、良く知られた民話とのこと。
 飢饉で誰も食べるものがなかった時代に、ある兵士が村にやってきた。「食べるものなんてないよ」という村人たちに、兵士は「いや、私の魔法の石で美味しいスープを作ってみなさんにごちそうしましょう」という。飢えていた村人たちが窓から覗いていると、兵士は「う〜ん、このストーン・スープはうまい! でも、キャベツがあると、一段と美味しくなるのになあ」という。それを聞いて、密かにキャベツを隠し持っていた農民がキャベツを差し出す。それから兵士は「う〜ん、このストーン・スープはうまい! でも、干し肉があると一段と美味しくなるのになあ」という。それを聞いて、密かに干し肉を隠し持っていた肉屋が、干し肉を提供する。このようにして、ストーン・スープには次々といろいろな野菜や肉が入り、ものすごく美味しいスープをみんなで食べる事ができました、というものだ。

 このお話をもとに、子供達はみんなで最初にスープを作ったらしい(私達が到着する前)。みなで野菜を切ったりして、お鍋に入れたのだ。それからずっと遊びを続け、11時少し過ぎに、みんなで想像のスープを作る体操をした。これは、「にんじんになって、スープにどぼんしよう!」とか、「大きなお鍋をかきまぜよう!」といって、そういった仕草をするのである。その後に、実際に作ったスープをみんなで飲み、最後にストーン・スープの本を読みきかせして、セッション終わりとなった。

 こういう多層的な「イベント」がある保育っていいなあ、と思う。ただ、自由に遊んでいる時間には、テレビ番組の曲をラジカセでがんがんかけて踊っている子たちがいたり、全身ファッショナブルなピンクの服を来ている子がいたり、スナックでいかにも甘そうなクッキーを持って来ている子がいたりして、シュタイナーと比べると「ううむ」と思ってしまうところもあり。

 また、お母さんの一人と話をしたら、なんとそのお母さんは元シュタイナー高校の卒業生。だけど、「学校を出られてほっとしたわ」ということで、「子供には予防接種を受けさせたいの。肉も食べたいの。私はシュタイナーになるには物欲がありすぎるわ。子供も朝7時にはテレビでハイファイブを見ているけど、他の番組よりずっといいわ」ときっぱり。

 やはり、いろいろと哲学が違うのである。私としては、本当に小さいうちは、あまり商業主義の影響を受けさせたくないので、シュタイナー中心で、ちらっとプレイセンターなり、他の施設なりを加えるという方向にしようかなあ、と思う。でも、仲良しのお友達ができたり、そんなこんなでいろいろとまた変わって行くんだろうなあ。幼稚園はまだ先。その選択肢はさらに大きいけど、ちょっとずつ訪問していって、「これ」というところを選びたいと思う。

2005年12月13日

シュタイナーのクリスマス会

 日曜日は、シュタイナー学校、幼稚園、プレイグループのクリスマス会だった。早速張り切って出かける。残念ながら雨だったけど、人出が多くて、賑やか。親のクラフト等が出ていたんだけど、すっごく素敵で、思わず人魚のお人形を買っちゃいました(写真はまた)。食べ物も自然素材のもの中心で、すごく美味しい。

 ま、今回は集まっている人を見るのもひとつの目的だったんだけど、ドレッドロックの人とか、カラフルな人がいっぱい。ヒッピー系が多いような……。このあたり、ウルフによると、ドイツのシュタイナー学校とはずいぶん違うらしい。ドイツでは、医者や弁護士など、エリートの子息子女が集まるところらしい。それに、学校も完璧に自然な材料を使って建てられていて、ものすごくお金がかかっているそうだ。ダニーデンでは、中古の学校を買い取って、そこで開いているんだけどね。シュタイナースピリットにも違いがあるんだろうか?

 一緒に行ったカップルのパートナー、L氏の言葉が、なかなか的を射ていて考えさせられた。彼は「なんか、怒ったような顔した人が多い感じ」と言ったのだ。そう、少なくとも3人くらいいたなあ、そういう人。現実が理想と違って、失望しているというか。こだわりがある、と言えるのかもしれないけど。シュタイナーが拠り所になっているのかな。全部がそういう人ばかりじゃないし、印象だけで決めるのはいけないけど、考慮する点ではあるな、と思った。

 とにかく、やはりシュタイナーは私の昔からの憧れである。来年は、プレイグループに参加して、中からその教育のあり方を見たい、と思う。

IMG_1113.jpg

★アドベント・フェスティバル、すなわち降臨節である。キリストの降臨を待つということだ。

IMG_1135.jpg

★子供達によるクリスマス劇。静かで素敵な劇である。だけど私、クリスチャンじゃないんだよなあ。キリストは偉かったと思うし、否定する気はないけれど、こうばっちりされると、宗教の色が気になるなあ。ううむ。シュタイナーの宗教観については、もっとよく話を聞いてみたい。

IMG_1132.jpg

★生徒の作品。手前のバッグは男の子の作品らしい。どうやったらこんなきれいなものが作れるんだ!

IMG_1123.jpg

★花輪を作ってくれるお母さんや、フェイスペイントをしてくれる先生や。そのセンスの良さは、普通の学校では見られないだろう。子供達の服装、手編みや手作りの割合高し。ウルフに「君もいろいろ勉強しなくちゃいけないね」と言われたよ、とほほ。

2005年12月03日

シュタイナーのお話し会

 もう2週間以上前のことになるが、先月の14日、ダニーデンのシュタイナー学校のお話し会に行った。ニュージーランドやアジア、オーストラリアなど各地のシュタイナー学校を回ってお話をしてくださる年配の方(マージョリーさんといった)と、ニュージーランドのシュタイナー学校全体と関係があるらしいピーターさんという人智学的医学(?)を専門としているお医者さんがダニーデンに来たのである。

 で、結論から言うと、あまりお話を聞けなかったのである(笑)。というのは、お話がはじまったのが7時、アロハのおねんねの時間の直前である。だから、アロハはすでにご機嫌が悪くなってきていて、お話がはじまると同時に「おっぱい、おっぱい!」。それが終わると「おしっこ、おしっこ!」(トイレに連れて行ったときには既に遅し)。席に戻ろうとしたら「眠い、眠い!」で文句たらたらだったので、1時間くらい、部屋に入ったり出たりしたけど、8時になって諦めたのであった。

 それでも「ほおお」と思った点がいくつかあったので、以下。

★シュタイナーが6歳まで文字を教えないことについて。シュタイナー学校(幼稚園)が早くから文字を教えないことは有名である。マージョリーによると、シュタイナー学校では、文字を読む事よりも、書くことを最初に教えるのだそうだ。書くのは、自分の名前。自分の名前が書けるようになると、他にも意欲が出て来て、どんどん書いて、覚えるとか。

★一般の学校に行っている子供と比べると、7歳の時点で、シュタイナーの子供の読みの能力は劣るそうだ。しかし、9歳の時点で比べると、シュタイナーの子供のほうが、ずっと良く読書をするようになっているとのこと。

★こうした点について、ピーターは、早期教育は実際に体に弊害をもたらしているという。主に、 aging の弊害という。どういうことだろう? 年をとってなる病気に、早くからかかるということか? ここのところ、なんかヘンだな〜、この先生、よく分からないや、と私は思ったのだった。

★しかし、マージョリーによると、子供に文字を使った教育をしないのは学校(あるいは幼稚園)内のことで、学校外(つまり家庭)では、家庭の考えの通りすればいいらしい。実際、マージョリーの体験したある男の子の話。この子は、いつも幼稚園で遊びに夢中になっている子だ。ある日、マージョリーがお話の本をみんなに読んであげているときに、隣にその子がたまたま座った。そしてあるページで、マージョリーにそっと、こう言ったそうだ。「先生、今読んだ単語、読み間違えているよ」と。つまり、その子は、完璧に文字が読めていたそうだが、そんなことはおくびにも出さなかったし、関係なく、幼稚園で暮らしていたらしい。家庭で好きな教育をしてもいいなら、それはいいな、と思う。私は、日本語は早めに教えたいと思っているから。

★シュタイナーではコンピュータをあまり使わないらしい(ここのところ、ちょっとはっきりせず)。しかし、ある日、親が迎えに来たら、先生が「おたくの息子さんは、今日の午前中は、ずっとコンピュータで遊びましたよ」と報告したそうな。親は仰天して「一体どういうことですか?」と詰め寄った。すると先生が「しぃー。こちらに来て、見てください」。そこでは、子供が木の切り株をコンピュータに見立てて、ずっと遊んでいたらしい。マージョリーの話では、私達はみな、今日の世界に住んでいるのだから、コンピュータも携帯電話も、存在する。子供の世界は親の世界の真似からはじまるから、当然親の世界にあるこうしたものは、子供の遊び道具になる。でも、想像力を使ってこうしたもので遊ぶのがとても大切、とのことだった。これはちょっと、可愛い話だな、と思う。シュタイナーでは子供の想像力をとっても大切にしているみたいだし、これはいわゆる早期教育では強調されていない点だと思う。

 実は、今ダニーデンの North East Valleyというところにあるシュタイナー学校・幼稚園が、私の家から5分くらいのところの Maia に引っ越してくる。ラッキー! そして、来週の日曜日は、引っ越し祝いを兼ねた Advent Fair(クリスマス会)が開かれ、学校・幼稚園が一般公開されるのである。嬉しい〜。いろいろなクラフトや、音楽、ダンス、食べ物が用意されているらしい。絶対行こうと思っている。楽しみだ!

2005年08月28日

バート家&プレイセンターのコンサート

 今日は社交的な1日だった。

 まず午前中、バート家ご一行様が来た。前にも書いたが、バート家はニルス&ナタリーというドイツ人カップルに4人の子供からなる。中でもニルスはウルフの故郷である北ドイツ出身である。この一家には大変にお世話になっていて、布おむつから子供用ベッド一式(まだ大きいので使っていない)、ドイツ語の絵本やカセット、CDなど、沢山お借りしているのである。

 一番年下の女の子、ヨナちゃんは、自分が末っ子だから赤ちゃんを抱っこする機会がなかったのだろう、アロハにとても興味を持ってくれたようだった。ソファーに座って、抱っこ。

DSC_0836.jpg

DSC_0838.jpg

 
 午後は、近くのセント・レナーズにあるホールでファミリーコンサート。これはセント・レナーズ・プレイセンターが主催のものだ。

 プレイセンターというのはニュージーランド独特の幼児教育制度で、親が運営・実施している幼稚園のようなものであるらしい。誕生間もない赤ちゃんから6歳の児童までが参加することができ、最大でも5人の子供に対して1人の大人がつくという割合でしっかり目の届く「遊びを通した学びの場」だという。といっても、私はまだ実際には見学したことがないので、よく分からない。今日は、その雰囲気を見るという目的もあって見に行った。

 コンサートは、プレイセンターが主催・企画した基金集めのもので、入場料は1人5ドル(大人)。会場はいっぱいで立ち見も出たほどだ。プレイセンター主催とあって、ホールの前3分の1には椅子が置かれておらず、ちいちゃな子達がみんなぺたんと座っている。そして、音楽がはじまると、大喜びで踊りまくっている。椅子で体を揺らす親子などもいて、実に微笑ましい。そうそう、プレイセンターの子供達による、ちいさな寸劇もあって可愛かった。

 さてメインのミュージシャンは、ロシアからダニーデンに移住して4年と言うアレクセイ・なんとかかんとか(忘れた)である。彼はロシアでも大変に有名だったらしく、ゴルバチョフ元大統領の誕生会でも演奏したらしい。伝統的な音楽からロックンロールまで、バラライカからエレキギターまで、何でもこなせる。実にエンターテナーで、ロシアのフォークソングの、カリンガとかなんとか、どんどん曲が早くなっていくやつで終わりになったけど、子供達の喜んだ事と言ったら。

 コンサートのあとは、親の手作りのケーキと共にアフタヌーンティ。大喜びで音楽を聞いて踊っていた子供達も、アフタヌーンティの時間にはもう何もかも忘れてティルームに駆けていったのが可笑しい。
 
 プレイセンターは、どうやらボランティアベースで、こうしたイベントで資金をやりくりするらしいが、今回見てみて、大変によく運営されていると思った。親も子供も楽しめるイベントを、大変にリラックスした雰囲気の中で作り出している。こういう親の集まるところだったら、楽しそうだなあ、参加してみたいなあ、と思う。アロハはまだまわりの事もよく分からないから、今は早すぎるだろうが、1歳くらいになったら遊びに行けたらいいかもしれないな、と思う。ただ、親の参加が必須だから、私達がどこまでできるかによるのだろうが。今度は、実際のプレイセンターの見学を是非してみたいと思ったのであった。

2005年05月20日

わんぱくに憧れる

 自分で言うのもなんだが、私は比較的穏やかで冷静な性格である。〆切などが山積みで疲れていて、緊張が続くとかなりキツい性格に変わって、下手すると人を怒鳴りつけることもあるが、これは自分でも「らしくない」と思う。子供の頃も、自分は「おとなしい」ほうだと思っていた。

 こういうおとなしい子供がどういう友達に憧れるかと言うと、わんぱくで元気いっぱいの子である。私も、小さい頃に、ぎゃーぎゃー大騒ぎしながら転げ回っている友人を見て、どれだけ憧れた事か。どうしても自分ではそういう事が出来ないと言うか、思いつかないので、「私も参加したいなあ」と思いつつ、横目で見ていたりしたのである。

 さて、かねてから思案中のシュタイナーやモンテソッリであるが、今日散歩のときにふっと考えたら、どちらも大変に「静かな時間」を大切にしているらしい。これって、どうなんだろう? 親からすれば、良いに決まっているとも思うが、子供達がぎゃーぎゃーできる時間もあるんだろうか。

 フィッシュがどんな子供になるかはもちろん全然分からないが、ウルフもアウトドアは好きだけれどもぎゃーぎゃーというタイプではないから、「この親にしてこの子あり」というのが当たりだとすると、ウルフと私の子供は、かなりおとなしめな子供になるのではないだろうか。とすると、シュタイナーやモンテッソーリは「楽勝でフィット」であるが、わんぱくだらけという環境にいた方が、刺激があって良いような気もする。わんぱくだらけで、テレビとかに頼らないで、屋外教育主体、というところはあるかな? ガールスカウトだろうか?

 何を今から、であるが、ちと思いついたので書いてみた。ちなみに、海外で子育てをしている沢山の親が集まっているサイト、すいーとはーとは大変に勉強になる。今日も、ちょっぴりここのサイトでシュタイナーやモンテッソーリ体験談を読んで、いろいろと考えたのであった。

2005年05月10日

『七歳までは夢の中』を読んだ

 キッチンの改装がずっと続いている。今日からウルフは日勤なので(普段は夜勤)、私が改装のお目付役をしなくてはならない。家のつくりなどには疎いので、ちょっと不安であるが、時々ウルフの職場に電話して相談したりしながら、進行を見守る。

 今日は、梁を支える支柱を取り替え、また流しの裏につけるブレイクファストテーブルと棚の枠の設置。我が家は屋根が傾斜しているので、なかなか設置が難しかったが、テーブル部分に美しいリサイクルのリム(ニュージーランド原産の木)とjarrah(オーストラリア原産のマホガニーゴムノキ)が使われていて、良い感じなのである。

 大工のトニーが仕事をしている間、私は埃を避けるためにコンピュータで仕事をするのを諦め、この機会に本を読むことにする。松井るり子さんの『七歳までは夢の中〜親だからできる幼児期のシュタイナー教育』である。

 5歳の男の子をアメリカのシュタイナー幼稚園に1年間入れ、また親として週1回保育参加し、「心を揺さぶられる体験」をした母親の本である。が、松井さんは児童文化を専攻していたこともあり、単に母親のエッセイと言うだけでなく、精緻にシュタイナー教育を研究した上で書いているので、資料としても読み応えがある。

 で、私の感想であるが、結論から言うと、『「こんなふうに子どもをかわいがってくれた人がいました」と、言いたくなっていました』(前書きより)、と母親に思わせてくれる幼稚園なら行かせてみたいなあ、というのが第一である。この幼稚園のジョイス先生の魅力は子供たちにとって大変なものらしく、松井さんの息子は、幼稚園に通い始めて 11日目にして「お母さんとおんなじくらい、ジョイスが好き」と言う。これは大変なことである。よほど、愛情の表し方が上手なのであろう。これが、果たしてシュタイナー教育者全体に共通のことなのか、個人の資質なのかは分からないが、これほど愛される先生に預けるならば安心だなあ、と思う。

 子供たちが喧嘩をしたり、悪さをしたりするときの対応も、よく話を聞く、ちょっと離れたところで反省を促し、それから一緒に時間をとって関係を深める、など穏やかで内省的、発展的な解決方法をとっているらしい。「XXちゃん、それはだめでしょ!」などという金切り声による指導とは全く違うらしく、それもいいなあ、と思う。

 石とか、貝殻とか、木のおもちゃとか、きれいな布を使った遊びをするのも好感が持てる。というか、私自身がそういうものをイロイロ集めているので、これをそのまま使ったり、あるいはこうした「宝物」を一緒に集めて楽しめるなら、これに越した事はない。幼稚園でプラスチックのおもちゃに慣れ、家でも「あれが欲しい、これが欲しい」になると大変そうだが、シュタイナーの子供はそうはならないかもしれない。もともとダニーデンにはトイザラスもないし、ウルフはプラスチック製品がもともと嫌いだし。

 抱っこを重視、というのも良いと思う。これは、日本では「抱っこ法」と呼ばれている子供との付合い方と同じようなものなのではないか。私は「抱っこ法」のビデオを見たのだが、これは今までの育児本等の中で最も衝撃的なものであった。子供の表現しきれていない「感情」を放出させ、親子の絆を深める「抱っこ」。シュタイナーでも同様のことがなされているとしたら(しかも重視されているとしたら)、表面だけではなく、心底からの絆を提唱する教育法といえるかと思う。

 しかし、「これでいいのかな」という点もいくつかある。ひとつは、絵本の取り扱いだ。シュタイナーでは7歳まで文字を教えず、お話の時間も、絵本などでイメージを固定させないために、声によるお話を重視しているらしい。しかし、私は絵本が大好きだ。また、絵本の世界にはシニカルなものや怖いもの、悲しいものなどあって、確かにシュタイナーの重視する「子供の夢の世界」を壊しそうな気もする。でも、それも人生の事実ではないか? それに、5歳くらいになったら、自分で「選ぶ」ということもしたらいいと思う。きれいきれいで真綿に包むよりは、多少「荒波にもまれておいで」という状況を作り始めてもいいような気がする。

 また絵本と関連するが、言語習得に関しては、私のエゴかもしれないが、もうちょっと早くても良いと思う。特に私は、この英語環境の中で、子供に日本語を覚えてもらいたい。そのためには、やはり「小細工」をしなくてはならないだろうなあ、と思う。シュタイナーの理論とは外れてしまうから、面接とかで「子供には英語も日本語もドイツ語もみんな教えます」なんて言ったら、幼稚園に入れてもらえないかも。わからないけど。

 あと、これはアメリカのシュタイナー学校だからかもしれないが、やはりクリスマス重視、キリスト教系のお話や行事がたくさん、というのはちょっと気にかかる。小人さんや妖精といったキリスト教とは相容れない要素がいっぱいあるから、「キリスト教系です」とは言えないだろうが、私としては、「じゃあ、天照大神の話もしてほしい」というような気がしてしまうのである。仏陀やアラー、ギリシャ神話の話も良いではないか。ま、キリスト教系のお話をするのは、おそらく、ニュージーランドのシュタイナー以外の幼稚園でも同じことだろうから、デフォルトとして扱わなくてはいけないのかもしれないが、幼稚園は子供にとっては大きな存在だろうから、気をつけないとね、と思う。

 いろいろ考えてみるに、この本に書かれていることは(本の意図するところかもしれないが)、大体は自宅でできるように思う。幼稚園の影響は大きいだろうから、そこで学ぶことは大切にしたいと思うが、もし言葉の教育問題などでシュタイナー幼稚園に「おたくの娘さんは不適です」などということになったら、うちでの生活にいろいろなエッセンスを取り入れたいと思う。そういう意味で、大変に参考になる本であった。

 また、私の知人で、娘2人をシュタイナー幼稚園・学校に入れている人が「今、シュタイナーのホームスクーリングを考えているの」と言っていたが、それも分かるような気がしてきた(ホームスクーリングとは、学校に行かせずに、自宅で教えるもの。これでも、ニュージーランドでは正規の学校と同じ資格を与えることができる)。ホームスクーリングのカリキュラムはアメリカのものらしいが、今度会ったら、どんなものなのか聞いてみようと思う。

2005年04月23日

『毎日かあさん』

 西原理恵子の『毎日かあさん2〜お入学編』が届く。私はここ10数年間、西原理恵子の大ファンで、日本に戻るたびに真っ先に本屋で「新刊」を買っていたのだが、『毎日かあさん』だけは待つ事ができず、親に頼んで送ってもらったのだ。
 
 これを読むと、考えさせられることがいろいろある。

 面白いのは、可愛く賢く優しい下の娘さんがだんだんと「だっておはなしつくったらたのしいでしょ」と創造的な(うそつきともいえる)道を歩きはじめていたり、人のいやがる点をしつこくいじったり、自分だけが讃えられていないとむかついたりと、キャラ立ちしてきていること。サイバラかあさんに似ているのかなあ、と思わされる。

 昔、ある男友達に「子供を作るなら、結婚して一緒に住んだほうがいい。子供には自分と相手の嫌なところが全部出てくるから、そのときに『ああ、あいつのこんなところが』って分かるから」と言われたことがある。なるほど、どうやら、これは本当のことのようだ。サイバラ家の場合には、上の息子がホントに鴨ちゃんに似ているみたいだし。この可愛い娘が、将来黒サイバラのようになって、脱税・ギャンブルその他の違法行為をするようになるのかも?

 女の子と男の子の違い、というのも、ものすごいようだ。ウチは女の子なので、きっとサイバラ家のように破壊的なことはしないと思うが、わんぱく息子っていうのも面白そうだなあ、と思う。でも、これも父親次第か。我が家の場合は、ウルフのほうが優しく繊細で、私はずぼらでのんきなので、破壊的わんぱく坊主はどうやっても生まれてこない気がする。

 大人のウソ、というのもサイバラ家では頻繁につかれているらしい。私、実は昔から、「子供ができたら、いっぱいウソを教えておちょくってやろう」と密かに考えていた。クジラは夜になると空を飛ぶので、闇にまぎれるために暗い灰色をしているんだよ、とか。耳の奥には神様が住んでいるから、ときどきやさしく掃除をしてあげないといけないんだよ、とか。まあ、罪のないものではあるが。

 ところが、グレン・ドーマン博士の早期教育の本などを読むと、「子供には正しい知識を与え、絶対に嘘をついてはいけない」とある。え〜、それじゃあ、ちょっとつまらないなあ、と思っていた。知識を与えるのも良いかもしれないが、想像力をワイルドに働かせることができるのは子供の特権だ。これを奪うようなことはしたくないなあ、と。『毎日かあさん』を読むと、ウソも方便、というのがオッケーという気になる(笑)。それに、「ほんとうに大切なのはひとつかふたつくらいだし」という意見に大賛成である。その筋さえ通っていれば、いいんじゃないか、と思う。

 そして何よりも思うのは、良いお母さんとはどういうお母さんか、ということである。私は今、早期教育からシュタイナーから、『子供が育つ魔法の言葉』から運の強い子になるように(?)『名付け事典』から、いろいろと本を読んで勉強しているのだが、心の底では「本をいくら読んだって、いい母親になれるわけじゃないよ」と思っている。じゃあ何をしているんだ、ということになるが、子供のためという名目の自己満足のように思う。あるいは不安解消か。人の一生を左右する存在になるというのはコワいことだ。だから、少しでも拠り所を、と思っているように感じる。

 サイバラかあさんが良いかあさんかどうか、それは何とも言えない。でも、楽しく、子供に愛されているかあさんであることには間違いない。私も、良い母親にはなれないかもしれないが、愛し愛される母親になりたいなあ、と思う。私が自分の母を敬愛しているように。

2005年04月04日

シュタイナーか、モンテッソーリか、はたまたプレイセンターか その1

 まだ赤ちゃんが生まれてもいないのに、幼稚園のことで頭を悩ませている。

 大学生の頃、ドイツ語の授業で自由研究というのがあった。そこで一番印象に残ったのが、ある同級生の発表したシュタイナー教育についてのレポートだった。たぶん、「ミュンヘンの小学生」(子安美知子さん)を主に取り上げたレポートだったと思うけど、オイリュトミーとかリトミックとか、なんだか受験勉強ばかりしてきた私には考えられないような楽しそうな学校制度に思えた。しかしその後、少々シュタイナーの神智学関係の本を読んでみて「なんだか難しくて分からない」状態になり、そのままシュタイナーって何か、良く分からないままだ。いっぱい遊んで、自由に育てる、芸術などを通して自己表現することを重視する、というのが私の印象だ。

 赤ちゃんができたので、そういえば胎教というものを聞いた事があるけど、どんなものかといろいろ資料を探っていたら、日本にはどうやら七田式、あるいは家庭保育園というものがあって、胎教を提唱していると分かった。その他にも、胎教からはじめると英才児になる、みたいな本がいろいろあって、とりあえず数冊読んでみた。読んでみると、早期教育によって脳の発達が促され、特に0歳から6歳の間にスポンジみたいに吸収できる脳に、どんどん刺激を与えると良いというような事が書いてある。私は別に英才児が欲しいわけではないが、赤ちゃんが刺激を楽しむようならば、それもいいかなあ、と思った。

 その流れに近そうなのが、モンテッソーリ教育なのか、とも思う。モンテッソーリはどうやら子供の集中力を高め、自立心を養うことを大切にしている教育方法らしい。こちらの人に聞いてみると、「モンテッソーリとシュタイナーは対極にあるんじゃないの」という答えが返って来た。シュタイナーが「学校に入るまではアルファベットなどはいらない」というのに対し、モンテッソーリは早めにアルファベットなどを教えるらしい(こちらの幼稚園の場合)。が、木のおもちゃを使ったり、お料理をしたり、布などを使った人形で遊んだりするのを重視する点は共通しているように思う。そんなに違うのかなあ、哲学が。

 それ以外の幼稚園はどうなんだろう。プレスクールと呼ばれているが、その他にもプレイセンターというのがあって、週に何回か、お母さんが子供を連れて他の子と遊ばせたりするらしい。こうしたプレイセンターにはプラスチックのおもちゃがいっぱいあって、いわゆる普通の教育をしているようだ。こうした「普通っぽい」のもいいのかなあ、とも思う。

 私にはっきり分かっているのは、おそらくシュタイナー幼稚園に子供を通わせているご両親は、一番私と感覚が合いそうだということだ。モンテッソーリはどうもみんな子供たちがきちんとしつけられていて、大人しいらしい。私の中には「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい」(丸大ハム)という気持ちがあるから、シュタイナーはいいな、と思う。

 ただ、ダニーデンで問題なのは、シュタイナーの小学校がとても小さく、中学校にいたっては存在しないということだ。シュタイナーをするにしても、幼稚園どまりかもしれない。だったら、モンテッソーリでも大して変わらないような気もする。

 まだまだ、少々時間があるから、子供をこうした学校に通わせている親御さんに会って、話を聞いてみなくちゃなあ、と思う。シュタイナー&モンテッソーリ研究は、まだはじまったばかりだ(汗)。いろいろ勉強することがいっぱいあるなあ。それとも、私、気合いが入り過ぎかしら?

 ちなみに、胎教というほどではないけれど、お腹の赤ちゃんにはよく絵本を読んであげてます、ハイ。歌を歌ったり、 CDをかけたりも。また、とても動きが激しくて、良く逆子状態になっているので、「頭が下、足が上!」と話しかけてポジションを変えてもらうようにお願いしている。あと、『おなかの赤ちゃんとのおしゃべり Book』(森本義晴著)という本に出て来た「キックゲーム」をよくする。これは、赤ちゃんが蹴ってきたら、自分でおなかを叩いて「キック!」と言って、また赤ちゃんが蹴り返してくるの待つ、というもの。コミュニケーションをとっている、という感じがとても楽しいのである。私自身が忘れっぽいから、生まれてきたときに赤ちゃんがこうしたことを憶えているかどうか分からないが(胎教を勧める本によると、憶えている子もいるらしい)、まあ、私の楽しみと言うか、自己満足でもいいじゃないか、と思う。出来る限りのことはして、あとは生まれてくる子供に任せましょう。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。