2005年11月26日

ヨハンくんと

 昨日から、親戚のなあちゃんが遊びに来ている。なあちゃんはクライストチャーチで英語の勉強中で、週末にかけてダニーデンに遊びに来てくれたのである。アロハもおみやげにワンワンをもらいました。ありがと〜。


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 今日はなあちゃんと一緒に朝市に出かけたあと、カナコさんの家に遊びに行った。カナコさんの息子ヨハンちゃんは、アロハより3週間先に生まれている。だから、アロハと比べると面白いのである。比べると言うと語弊があるが、良い悪いじゃなくて、「わあ、こんなに違う〜」というのが面白いのだ。

 久しぶりに会ったヨハンくんは、相変わらずハンサムだ〜。お父さんがオランダの人なんだけど、お父さん似というか、とっても西欧人ぽい顔立ちだ。アロハはどっぷりアジア顔なのにねえ。ヨハン君は肌の色もアロハよりもずっと白い。それにとにかく小顔! というか、アロハの顔がでかい! 並んでみると、アロハの方が年上に見えるほどだ。


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 でも、足を触ってみたら、ヨハンくんの方がずっと太くてしっかりしている! それに寝返りも上手! 体を活発に動かしている。どた〜っと寝ているアロハとはちと違うのである。ううむ、これは性格の違いかなあ?

 ヨハン君の体重を聞いてみたら、先週の時点で 7.5キロくらいだったとか。実は今週の火曜日にアロハの体重測定があったんだけど、そのとき 7.51キロだったから、ほぼ同じくらいである。

 カナコさんとはマタニティヨガのクラスで一緒だったんだけど、同じヨガのクラスの人や、両親学級の同窓生の赤ちゃんを見ると、本当に可愛いし面白い。子供を持つまでは、赤ちゃんて誰も同じように見えたけど、いやあ、こんな小さいときから個性いっぱいだなあ、と感心。今日はどちらかというと、アロハがヨハンくんの髪をひっぱったり、耳をひっぱったりするだけだったんだけど(ごめん、ヨハンくん)、これから一緒に育って行って、仲良しのお友達になれるといいなあ、と思うのでした。
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2005年09月11日

水仙とアート

 近所のギャラリーで友人と待ち合わせをしていたので、家族で出かけたが、友人現れず。でも、ギャラリーのオーナーのレイチェルとおしゃべりをし、お茶をごちそうになって帰って来た。

 このルネッサンス・ギャラリーは、おそらく地元の人でもそれほど知られていない隠れ家のようなところである。丘をくねくねと上って行った突き当たりにあり、こじんまりした牧場の中に、ミミズファーム(土壌改良のためのものだ)、ビーズのお店と共にある。ポニーや羊もいて、とっても楽しいのだ。今は「水仙の中のアート」というタイトルで、文字通り咲き誇る水仙の間に彫刻が並んでいる。ギャラリーの中にも、いろいろなアーチストの新作が並んでいた。

 レイチェルはここにもう30年近くも住んでいるそうで、まさにヒッピーの生き残り(笑)。もともと友人6人と一緒にコミューンのような形で住み始めたらしいが、今では彼女が全てを運営している。ものすごくリラックスした環境で、新しい展覧会をはじめるときには、いつもミュージシャンやアーチストが沢山集まってパーティをする。

 今日は天気が良かったので、とても気持ちよかったが、アロハはちょっとぐずり気味。いろいろ見せてあげたいんだけど、まだちょっと小さすぎるのかもね。また遊びに来ようね。


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★ギャラリーでもあり、ミミズ農場でもあり、ライフスタイルを追求した場所と言ったほうがいいかも。

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★地元のアーチスト、アナ・シンさんの鳥の彫刻が、水仙の間にありました。
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2005年09月10日

冒険の夢は続く

 友人のスティーブが、来週の火曜日に船出することが発覚、急いで会いに行った。スティーブはヨットのキャプテンだ。ヨットと言っても、その辺りをクルーズするだけではなく、人の滅多に行かない海域まで入れる冒険船だ。彼自身、北極から南極まで、行った事の無い海はほとんど無いほど、経験豊かな船長だ。スティーブの今度の航海は、フォークランド諸島で人をピックアップしてチリに行き、さらに南極半島へ、帰りは南米をぐるっと北上してガラパゴスでしばらく滞在という大航海だという。

 いいな〜。私も独身時代に何回か、彼のヨットにクルーとして乗り込んで、遠く離れた自然の楽園を訪れる機会があった。今も冒険熱は完全に覚めたとは言えず、さすがに南極は無理でも、ガラパゴスと聞いたとたんに「私たちも乗れる?」と言いかけたが、ちょっと考えればそれも難しいことが分かる。船酔いで自分の世話もできなくなってしまう私が、1歳の乳児を連れてガラパゴスに行けるわけがないではないか。でも、アロハが10歳くらいになったら、近くのスチュワート島くらいは行けるかな。

 とにかく、ヨットの生活は、狭い空間の中、みんなで安全に、かつ気持ちよく過ごさなくてはならないので、自然に思いやりとか、助け合いとかが生まれ、また虚偽虚栄のない裸の人間性が現れる。ホント、教育の現場として素晴らしい場所だと思う。戸塚ヨットスクールはちょっと道を外れてしまったようだが、基本的路線はあっていたのだ。

 ぜひぜひ、アロハにも、大きくなったらこういう生活を体験してもらいたい。それまでは「絶対に引退しないでね!」とスティーブにくれぐれも念を押して帰って来たのであった。

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★スティーブ船長には4人の子供がいる。子供を乗せて、長い長い航海を続けてきたのである。すごいなあ。今回の旅では、およそ6週間、陸に寄る事無く、南極海を旅してフォークランド島を目指すとのこと。う〜、きつい。
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2005年09月06日

旅立つ友人

 先月の21日に、コンサートに行ったことを書いた。これは、音楽とアートが好きなウルフの友人マレイさんが癌に冒され、余命短い彼のために開いた最後のコンサートだった。たくさん、たくさんの友人が集まり、ダンスをしたり、おしゃべりをしたりした。

 マレイさんは先週土曜日の朝に亡くなった。そしてその日の午後に、マレイさんの娘テッサが、男の子を出産した。まるで、家族思いで知られているマレイさんが生まれ変わってきたようなタイミングだ。

 日曜日、マレイさんの家に行った。通夜、と訳されているが、こちらではウェイクと呼ばれる儀式だ。マレイさんはそのまま自宅のベッドに横たわっていた。参加者は、食べ物を持ち寄って、思い思いの時間に家を訪れ、マレイさんにさよならを言ったり、残された家族や友人達とお話をする。マレイさんはとても綺麗な顔で、ベッドの中でも生きているようだった。悲しい一辺倒というわけではなく、旅立って行く友人を惜しむパーティのようだった。

 そして、今日はお葬式だった。マレイさんの親族にマオリ人の人がいるらしく、マオリの人の集会場で式が行われた。マレイさんの結婚式のときの立会人が、葬式の立会人も引き受けて、式を執行した。立会人は Celebrantという。祝賀者という意味だ。「Funeral celebrantというのは聞いたことがないけど、考えてみれば、とても適した名前だと思い、引き受けた」とのこと。

 オープニングはバンドによる演奏だった。それから立会人の方が、簡単にマレイさんと、その家族の歴史を話した。続いて、レコードでマレイさんの選んだ曲を流した。次に、マレイさんの友人から話があり、親族から話があり、またレコードで曲を流し、最後にマレイさんに捧げる詩が朗読された。式は1時間ほどだった。

 お棺を出す前に、マオリの男性たちが葬送のダンスらしいものを演じた。私達は外にでて、お棺が出てくるのを見送った。マレイさんの遺体は、火葬場に運ばれた。

 マレイさんは、主夫だった。 54歳で亡くなったのだが、その年代で主夫というのは珍しい存在だ。マレイさんは、友人によると「正直に言おう。彼は、役に立つ友人ではなかった。垣根を直すとき、車が動かなくなったとき、そういう時にまず頼れるような友人ではなかった。でも、彼は小さなことを、沢山、とても上手にすることができた。彼は人と会って、違いを探すよりも、結びつくことができる点を探そうとした。家族を愛した。たくさんの木を植えた。プレイセンターを支えるお父さんだった。子供を遊ばせるのが得意で、マレイが帰ったあとには、子供を落ち着かせるのが大変だった。小さな贈物をするのが上手だった。図書館にいつも通っていた。パーティが好きだった。彫刻を集め、アートと音楽を愛した。彼には他の人にあげる時間があった。野心的な男ではなかったかもしれない。が、いつもいつも素晴らしい友人だった」。

 参列者はその後、集会場に用意された食事とお茶を取りながらおしゃべりした。ものすごく沢山の人が集まっていて、200人くらいいたのではないだろうか。私は結婚パーティのときと、コンサートのときの2回だけしか会っていない。どんな人をも受け入れてくれるような暖かさのある方だった。アロハも抱っこしてもらった。こういう方にお目にかかれただけでも、嬉しいことだと思う。
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2005年06月05日

病院で男性は......

 昨日の続きである。

 夜には、2つの誕生日パーティに招待された。1つめは、会社の IT担当、ウェインの40歳サプライズ・パーティである。ウェインは学校を出てから、というから多分17歳くらいで会社(当時はテレビジョン・ニュージーランドという会社であった)に入り、それから技術部でいろいろ学んだ後、自分の趣味でもあるコンピュータ関係の専門となり、今では会社中のコンピュータ、機材、ソフト等の面倒を見ている。ウェインなしには会社は成り立たないということを皆よく分かっており、ものすごく忙しいのに嫌な顔せずに毎日起こる「緊急事態」に対処してくれることを感謝している。ので、このパーティには 50人以上が集まったのではないだろうか。

 ウェイン一家は近くに住むお母さんのところに出かけていて、その間にみなが集まり、部屋を暗くして、じ〜っと黙って、彼らが戻ってくるのを待った。ウェインは、リビングに誰かがいる気配を感じたらしく、「おかしい、誰もいないはずなのに」と思ってライトに手をかけようとした瞬間、「バン、バン、バン!」とクラッカーが鳴ったので、とっさに「銃声だ!」と思い、大仰天して後ろに飛びすさったそうな。それからみんなでハッピーバースディを歌った。「寿命が10年縮まった」と言っていたが、このサプライズパーティは、大成功であった。彼ほど愛されているスタッフもいないんだな、と改めて感じさせてくれる夜であった。

 その後回ったのは、友人のシルヴィの誕生日である。彼女はババリア出身、ベルリンに長いこと暮らし、2年ほど前にパートナーのジョーシーと暮らすためにニュージーランドに来た。シェフであり、DJなどもして、また自分でフィルムを作ることもあるアーティスティックな人だ。

 彼女たちの家は全体が薄暗く、よく見てみたら、廊下やキッチン、ラウンジの赤く塗った電球はすべて25Wであった。ちょっと、隠れ家のような感じ。ウルフは明るいライトが嫌いなので、「このライティングはいい」と気に入っていた様子だが、私はがんがんに明るいのが好きなので、普段の生活にはちょっとなあ、と思う。でも、こういうパーティの時には、雰囲気があっていいかも。

 集まった人の多くは、以前にツインズのパーティで会ったことのある人がほとんどだった。その中で、前には話をしなかったが、アレックスという人と今回はちょっと話をした。彼はなんでも、病院で orderlyをしているので、「出産のときに会うかも」という。私はこの言葉をはじめて聞いたのだが、調べてみると「病院の雑役夫」という。どんなことをするの、と聞いたら、お医者さんに言われたことをするんだという。ベッドを移動したり、ものを運んだり、そういうことらしい。「妊婦の世話もするの?」と聞くと、「助産婦が妊婦の世話をするから、僕はどちらかというとパートナーのほうの世話をする事が多いよ。赤ん坊が出てくると、めまいを起こしたり、気持ち悪くなったりするパートナーがいるから、そうした男性を助けたりね」という。それは可笑しい。本などをいくら読んでも「赤ん坊が出て来て気持ち悪くなった」とか「吐いてしまった」とか「気を失った」という描写は一切出てこないが、そういうことって、あるらしい。まあ、結構グロテスクだもんね。パートナーの男性が、アレックスの腕に思い切りしがみついてきて、「青あざができたりすることもあるよ」と笑う。面白いのである。

 アレックスは、もう、それはそれはゲイという感じの男性で、出産の現場にいても、全然私などは「嫌な感じ」を持たないだろうな、と思う。ウルフが何かの本で読んだらしく「男性も、パートナーが苦しんでいるのを見たりするとトラウマができるそうだよ。だけど、出産における男性のケアは誰も気にしてくれない」と言っていたが、アレックスのような人が近くにいてくれたら、ウルフも安心なのになあ、と思う。立ち会い出産、今でこそ市民権があるが、少し前までにはあまり行われていなかったような。彼にとっても、強烈な体験になること、間違いなしである。
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2005年05月21日

Kommen Sie Nach Hause 家へおいでよ

 近所のポートチャルマーズという港町に住むカップルの家で、今日から『Kommen Sie Nach Hause』(家へおいでよ:http://www.kommensienachhause.de/kontakt/set.html)という展覧会を開いている。これはドイツで始まり、東京やニューヨークなどを回っている「トラベリング・エキシビション」で、参加者の作品はA4判くらいの小さなものだ。写真あり、ビデオ作品あり、イラストレーションあり、スティッカーあり、小さなオブジェありであるが、ま、展覧会自体がコンセプトアートなので、作品はあまり面白くない。

 がが! 私はここで驚異的な発見をしたのである。ビジターズブックがあったので、「わあ、2003年に東京でも開催したんだ」と何げに見ていたら、なんと学生時代の友人二人の名前が! ま、まさか、と思ったが、彼女たちはアートクリティック/ライターとして仕事をしているはずなので、あり得るのである。うわあ、うわあ。私は大興奮して自宅に戻り、ネットでチェックして、確かに「その」2人であることを確認したのであった。すごいなあ。こんなところで。そして、友人が今もがんばってアート界・出版界で活躍しているのを頼もしく思ったのであった。

 ちなみに、この展覧会の会場を今回提供したのは、ヘクターという駆け出しの映像作家と先物取引のアドバイザーをしているニッキーのカップル。このふたりは、元フリーメイソンのホールを買い取って、それを「大人と子供の遊び場」にしているのである。なかなかに、秘密結社の雰囲気のある場所である(笑)。

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★メソニックホールの入り口。今は住居になっている。

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★展覧会は小規模なもの。「家」でできる、というのがコンセプト。

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★週末のみの開催だが、アートスクールの学生らしき人たちなどが来て、それなりに盛り上がっている。
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2005年05月16日

オーロラの夜

 昨日の日曜は、朝は改装工事のゴミの片付け・掃除、午後からは友人宅を訪ねた。出産まであと2週間と迫ったカナコさんとマーク夫妻のところに寄り、借りていた本を返したりする。最近、胸焼けがすると話をしていたら、胸焼けに良いという酸を押さえる薬を譲ってくれた。まだ試していないが、「おえ」っとするほど、とってもまずいのだそうだ(笑)。

 その後、ニルス&ナタリーというドイツ人夫婦の家に行く。ニルスはウルフの故郷のすぐ近くの出身で、その意味でもウルフはとてもこのカップルに愛情を感じている。ふたりの間には5歳から12歳(?)までの4人の子供がいて、すごいことに、ナタリーは全員を自宅出産、そして最近まで「ホームスクーリング」で教えていたのである。つまり、学校にやらずに、自宅で教えるということである。

 ニルスもナタリーも最初から学校に反対、というわけではなく、もともとは近くの学校に行かせていたのだが、教師が変わったりして学校が荒れはじめ、「この大切な時期に信頼のおけない学校にはやりたくない」ということで、2年前から家庭教育に切り替えたのだ。最初は、子供達も学校の友達と遊びたがったらしいが、今年から再び中学校に行き始めたユリちゃんは「この2年間、家で過ごして本当に良かった」と言っているらしい。学校では、友達の目が気になって「ブランド品」を欲しがったり、タバコを吸ってみたり、携帯電話を手放せなかったりということが当たり前になっているようだが、2年間そうした環境から離れて、冷静な目で見てみると、そうしたことが「必要でない」ことが良く分かったようだ。ううむ、親の教育が大成功、ということだろう。

 この家の子供達は本当によくしつけが行き届いていて、ディナーの場では私達大人がお話しているのを静かに聞いて、礼儀正しくご飯を食べている。ちょっと、奇跡的である。ご飯が終わると、また子供4人で取っ組み合いのようなことをしながら、部屋に戻って行く。ちゃんと子供らしい面は保っているのである。ニルスとナタリーによると、「権威主義的なものは嫌いだけれど、子供には、『ここまでは良し、ここからは駄目』というきっちりした線引きが必要で、これを一環して続けなくてはならない」と言う。まだまだ「学ぶことばかりだけど」とのこと。

 私がこの家族で好きなのは、両親ともに大変愛情を持っているのがよく分かるが、決して甘やかしたり、「いい子いい子」しないことである。ニュージーランドの親には、ときどき自分の子供をベタベタに褒めまくる人がいるが、どうもやはりしっくりこないところがある。子供の人格を認めながら、正しい方向を示すというのがやはり必要なのだろうと思う。

 二人からは、ドイツ語の子供用カセットテープやCD、絵本、それにドイツ式布おむつ(これはシンプルだけど大変によくできていると思う。使い勝手はまたそのうち報告したい)、ドイツ式羽布団などを借りてくる。もう少し赤ちゃんが大きくなったら、子供用のベッドも借りる予定である。

 帰ろうと外に出たら、オーロラが現れていた。ダニーデンに来てから、オーロラを見るのは2回目である。今日のオーロラは、残念ながら雲で半分隠れてしまっていたが、赤くほんのり燃えるような色で、その中に明るい光の筋のようなものが何本か走り、揺れていた。その光の中を、ドイツの童謡を聞きながら帰った。

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★ニルスは地学者であるが、今は大工の仕事をしている。子供達はとても素直でかわいい。
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2005年05月12日

ツインズ誕生日

 今日は朝4時に目が覚め、フィッシュががんがんお腹を蹴っているのをぼぅっと撫で撫でしたあと、諦めて起きる。2時間くらい起きてネットサーフなどしてから、また1時間寝て、それから雑用にとりかかる。

 大工さんが今日も来ているので、なんとなく落ち着かない。昼寝ができないのがちときつい。昼は近くのポートチャルマーズに行ってフライドチキンを買って食べ、それから午後には鍼灸師のリンのところに行ってお灸を受ける。フィッシュは、「間違いなく逆子」状態である。横になっているお灸されているうちに、半分寝てしまう。熱かったけど、気持ちよかったかも。足首のぐりぐりの横辺りにもお灸のあとがあるから、ここも何かのポイントなのかな。

 夜は、ウルフの友達のツインズの誕生日である。ツインズ、として知られている彼女たちは、今晩で 59歳。しかも、彼女たちはゲイの双子である。 59歳でゲイということは、若い頃にはかなり世間と闘わなくてはならない時期があったということだ。その世界ではかなり有名で、雑誌やテレビの取材も受けたことがあるという。どちらも残念ながら今はパートナーはおらず、家族として暮らしている。パーティ好き、お酒好き、たばこモクモクであるが、とても親切で、人に食べ物を作ってあげるのが大好きである(作ってもらうのも大好きであるが)。食べ物ばかりではない。彼女たちはアルコール全般の自家製造にも精通しており、ビールからリキュールまで、何でも作ってしまう。それもプロ並みである。いつかその錬金術を見てみたいものだ。

 さて、私はお酒も飲めないし、タバコも気になるので「長居はしないからね」という話で出かけた。が、会場となったパブが半アウトドアで煙たくなく、また、これもウルフの家族同様のケイ&ヒヌワイ親子による歌とギターの演奏があって感じがよろしく、結局2時間ほど音楽を聞いて、おしゃべりをしてから帰る。

 ツインズの友人には個性的な友人が多く、ダニーデンで映像制作者のネットワークを作っているマイク&ローズ、フリーのディレクターと先物取引のアドバイザーであるヘクター&ニッキー、ゲイのカップルが数組などなどが集まっていた。会社の同僚の編集さんのパートナー(どちらも女性)も来ていたが、最近、会社のほうは超過密スケジュールで、編集さんが家に帰ってストレスで泣き出したりしているらしい。いつもにこやかで無口な人なので想像もできなかったが、ウルフは特に良く一緒に仕事をするので、ショックを受けていた。予算カットで、番組制作スケジュールが切り詰められており、いろいろなところにしわ寄せがくる。これじゃ社員がもたないぞ〜!
 
 家に戻り、お腹が空いていたのでご飯にチーズ、雑魚、ゴマをかけて2杯半ほど食べてしまう。それから、疲れが一気に出て 10時頃ベッドに入る。これ、大変にいけなかった。今まで経験したこともない『胸焼け』に襲われたのである。つわりのときも胃の持たれ、吐き気等は延々と続いたが、こんな風に、まさに「焼ける」感じが続いた事はない。昼まで大丈夫だったのになあ。とほほ。これが妊娠後期ということか。

 さらに、早朝1時半ごろ目が覚める。フィッシュがお腹の中でがんがん動き回っている。動くのはいいから、その調子でくるっと回ってほしい、と祈ったが、 30分くらい動き回ってまた静かになった。お灸が今頃効いているのだろうか。まあ、元気なのは何よりだ、と思いつつ、夢の世界へ戻る
posted by うずめ at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | おともだち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月01日

WildSouth 映画祭

 木曜日から2泊3日で、ワナカで開催されていた WildSouth Film Festivalに行った。

 ワナカというのは、湖のほとりの風光明媚な土地で、夏はトランピングや水遊び、冬はスキーとアウトドアスポーツが盛んな土地だ。また、ワイン(特にピノ・ノアールという赤ワイン)の生産が有名で、今ブドウ園が急激に増えている。ダニーデンからは車で3時間半ほど西に行ったところにある。

 ここで先週いっぱい催されたお祭り Festival of Color の一環として開催されたのが、小さな映画祭 WildSouth Film Festivalである。本祭の方は、紅葉の時季に合わせたカラフルなもので、さまざまなコンサート、アート講座、パレード、トークショーなどから構成されていて、これも大変に興味深かったのだが、私たちの目当てはやはり映画祭である。

 ここでは、野生生物、科学、アドベンチャー、人と自然のつながりなどを扱ったドキュメンタリー番組のショーケース上映が行われ、またその制作者が集まって制作裏話をした。

 私にとって何より嬉しいのは、この映画祭のために友人の多くがあちこちから集まってきたことだ。私もウルフも、自然番組の制作に関わっているのだが、同じく自然や映画に携わっている友人たちがあちこちに散らばってしまい、なかなか会えないのが残念なところ。しかし、今回はオークランド、クライストチャーチ、ウェリントン、クィーンズタウン等に住んでいる友人に会って、大きなお腹を披露(笑)することができた。

 また、日本の NHK制作の『里山2〜命めぐる水辺』が映画祭の最優秀賞を受賞して、何度もチケットが売り切れになるくらい人気を博し、多くのニュージーランドたちに「日本の自然と生活の美」を紹介してくれたのも、日本人として、とっても嬉しく、誇りを感じたのであった。

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 ちなみに、映画祭が催されたワナカの Cinema Paradisoは大変にユニークな映画館で、ぼろぼろのソファなどが並び、至る所にポスターがペタペタとコラージュのように貼ってあって、日本のアングラ小劇場みたいな感じである。黄色いモリス・マイナーも一台映画館内に置いてあって、そこで映画を鑑賞することもできるのだ。変なとこ。

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 ワナカはまた、友人がたくさん住んでいるところでもあり、その意味でも忙しかった。私たちが泊まらせてもらったのは、水中カメラマンでありプロデューサーのアンドリューの家であるが、彼は自宅の敷地に2ヘクタールほどのブドウ畑を持っており、色づきはじめた葉が美しかった。今年は寒い夏だったようで、あまりブドウの出来は良くないらしい。ピノ・ノアールはまあまあだが、シャドネ(白ワイン用)はなりが悪く、またなかなか糖度が上がらないらしい。食べさせてもらったら、美味しかったけど。

 帰りには、暖炉で火付けに使う大きなパインコーン(松の実)を沢山拾った。行きにドライブしながら、「あ、松の木、松の木!」と大きな木があるたびにチェックして、道路際に沢山こぼれているところを選んでおいたのである(こういうのは、ウルフが得意)。大きなゴミ袋のようなものに3つ分、拾うことができた。買えば10ドルくらいかかるかな? 今、ガソリンの値段が高騰しているので、その分くらいを節約した、と思うことにする。楽しく、実りの多い小旅行であった。

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★シャルドネ。素人が見ると、とても豊かに実っているみたいだが、「今年はダメ」らしい。
posted by うずめ at 03:36| Comment(0) | TrackBack(0) | おともだち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月13日

クリス&デビー

4月10日(日)

 金曜、土曜と泊まらせてもらったのは、ウルフの友達クリス&デビー家である。カイルの家、ボブの家も素敵だが、ここも特別だ。というのは、クリスが自分で建てたストローベイルハウス(日本では藁の家とも言われている)だから。

 クリスはもともと大工なのだが、日々の仕事にいまひとつ情熱を失いかけていた。そこで出会ったのが、ストローベイルハウス。ストローベイルとは、 straw=藁を bale=ブロック状の束にしたもののことで、これを壁あるいは構造材として利用して作ったものがストローベイルハウスだ。アルタナティブで環境に優しい建築方法として最近注目されており、クリスも一気にのめり込んで行った。今や、ストローベイル建築の専門家だ。

 彼の場合は、木材で基礎構造を建て、そこにストローベイルを壁材として使っている。ストローベイルの回りには漆喰を塗ってある。壁の厚さが 50センチもあるので、断熱性がとても高く、夏は涼しく、冬は暖かい。それに、なんといってもどっしりした暖かな雰囲気がある。彼は彫刻作家でもあり、あちこちに彫られた飾りや、明るい色彩に塗られた壁や窓(オーストリアの建築家フンデルトヴァッサーの影響が強い)もとても楽しい。

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 クリスとデビーは、その上なんと5人の子供を持っている。その子供たちと暮らすために作った家なので、中心となるキッチンをはじめ、どこも家族的な雰囲気がいっぱいだ。ストローベイル建築の家は、クリスによると「材料費も安くていいと思ったけど、甘かった!」ということで、「結局は、手間がかかるから、自分で作らない限り普通の家と同じくらいの値段がかかるだろう」ということだった。でも、もちろん、彼の場合は、家族とともに全ての部屋を愛情込めて作っているので、その価値はお金では計れない。

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 家の外には大きな野菜畑。牛もニワトリも飼っている。デビーはホメオパス(類似療法者。ドイツではじまった代替療法。日本ホメオパシー振興会のホームページに詳しい)でもある。仕事をしつつ、沢山の子供を育て、自分で家を建て、動物の世話もするなんてすごいなあ、生活の達人だなあ、と思ったのであった。

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 庭にストローベイルを積んで、ちょっとした物置に。左のほうは、漆喰が塗ってあり、右はまだ。これが大雑把ではあるが、ストローベイルハウスの「仕組み」だ。

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 バーベキューコーナーも、ストローベイルで作った壁のところに作られている。

★日本でもストローベイルハウスを作っている人たちがいます。ストローベイルは湿度が高いところは苦手なんで、この辺が課題にもなりそう......。日本ストローベイル協会のホームページを覗いてみてください。

★また、ブログ等でもストローベイルハウスに触れることができます。たくさん、個性のあるストローベイルハウスが見られるようになるといいですね。

藁の家
琵琶湖・藁の家
藁石屋
posted by うずめ at 15:24| Comment(9) | TrackBack(1) | おともだち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ボブの誕生日

 ううむ、なんだか毎日忙しくて、全然ブログが追いつかない。が、先週から盛りだくさんの日々だったので、早足で追いつこうと思う。

4月9日(土)

 ボブの60歳の誕生日。ボブは1860年代に作られた泥レンガの家に住んでいて、今もその当時のシンプルな生活に近い暮らしをしている。彼の情熱は、荒れ地に森を作ることで、乾燥したセントラルオタゴの真ん中に、沢山の木を植えている。もう何十年も続けているので、立派な木になっているものもあれば、まだ若木のものもある。プレゼントとして、スカーレット・オークという鮮やかな紅葉を見せてくれる樫の木を持参した。

 旅人は、ボブの植林などの手伝いをし、その代わりに宿と食事を提供してもらうことができる。これは 1970年代にイギリスではじまったウーフ(Willing Workers On Organic Farms = 有機農場で働きたい人) というシステムなのだが、そのウーフで参加した若者とか、元若者を含め、彼の誕生日を祝いに 150人くらい集まったのはないだろうか。ウルフもなんと 1980年代にウーフでボブの家に半年ほど居候し、その後もちょくちょく、遊びに戻っているのである。 20年以上に渡る友情で結ばれているので、私にとっても何となく「親戚のボブおじさん」という感じがする。

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 私たちは午後も結構遅くなって行ったのであるが、集まった人たちは、座っておしゃべりをしたり、ボール遊びや草ゴルフなどをして遊んでいた。それから持ち寄りのディナーを楽しんでいるうちに日が落ちて、ものすごく寒くなってきた。ボブの住んでいるカンブリアンという地方はかなり標高も高く、夜になるとものすごく冷え込むのである。私は早々にリタイアして、暖かい家の中でオークランドからやってきたボブのおかあさん(90歳)や、助産婦であるボブのお姉さんなどとおしゃべり。ボブはもともと教師なのだが、若いころにイギリスに渡ってアウトドアスクールの世界的組織アウトワード・バウンドに参加し、ニュージーランドに戻って来て、 Outward Bound New Zealandでインストラクターをしていたこともある(私も一度参加してみたいアウトドアスクールだ! 熟年向けでいいから......)。若い頃の、パリっとしたスーツを着た写真なども見せてもらう。

 外では、大きなたき火がはじまる。私はこんなに大きなたき火は初めて見た。枯れ木の燃える轟々という音が心地よい。それでも結構寒いので、みな、おなか、背中、おなか、背中というように、火に対してくるくる回りながら体を温めて、おしゃべりをした。10時半頃失礼したが、夜中いっぱいパーティは続いたに違いない。

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posted by うずめ at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | おともだち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月11日

マリオン&カイル

 金曜日から週末にかけて、セントラルオタゴ地方に行った。ダニーデンから車で2時間〜3時間西へ向かったところで、夏は大変暑く、冬はかなり寒い乾燥した広い盆地気候のために、ブドウ園や種々の果実で知られている。最近は自然と暮らすライフスタイルを求める人、退職したあとの住処として選ぶ人、別荘を求める人などが集まって来ていて、大変に人気のある地域でもある。

 私もウルフも、この辺りにユニークな友人が多くいて、今回はその中のひとりが誕生日パーティを開くので、そのついでにあちこち訪ねようという魂胆だった。

 金曜日、最初に訪ねたのは、ミラーズ・フラットのマリオン&カイル・ミューバーン夫妻。マリオンはドイツ出身の陶芸家で、とってもファンキーなティーポットを作ることでニュージーランドばかりではなくアメリカなどにも知られている。下の写真は私がウルフから昨年の誕生日にもらったマリオン特製のティーポット。写真には写っていないが、実は裏に引き出しがあって、中に本とかハリネズミちゃんのミニチュアも入っているのだ。使用可能。ただ、大切にしているので、一度しか使った事がないが。

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 マリオンはファッションやアートに目のない、華やかで元気いっぱいの人で、おしゃべりが楽しい。食べ物にもものすごくこだわっているが、ドイツ出身ということもあって、こってりした西洋料理とケーキ類が自慢だ。和食やエスニックには弱いらしいけど。今、ドイツへのホームシックにかかっていて、ちょっと落ち込んでいるらしい。

 パートナーのカイルは新進作家。なかなか出版ができずに苦しんでいたが、昨年『ホップルプロップ』(日本語未訳)という絵本を出し、今年は他作品で児童文学のジョイ・コーリー賞を受賞した。来年には2冊出版される予定だ。環境問題にとても深い関心を持っていて、10数年前にはダニーデンにNGOの環境センターの初代代表だった。コミュニティが利用できる情報拠点であり、共同農場などを持って活動していたのだが、この NGOは残念ながら昨年なくなってしまった。カイルとマリオンはダニーデンからミラーズ・フラットに引っ越していたので、ダニーデンの活動からは退いていたのだが、つくづく残念だった。

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 ミラーズ・フラットは農地に囲まれた田舎町のひとつで、国道からはちょっと外れているために、おそらく観光客はまず訪れない場所だ。谷間を豊かな川が流れていて、散歩が気持ちよい。カイルとマリオンはここに 50エーカーほどの土地を持っていて、マリオンはスタジオでティーポットを作り、カイルは作品を書いている。

 また、カイルは自分の理想的な環境を着々と作っており、敷地内には果樹園と大きな野菜畑もある。そして、特筆すべきは彼自身が建てたエコハウスだろう。全部木作り、トイレはコンポストトイレ、水は雨水、屋根は生きた草を植え付けた草屋根だ。この草屋根、日本でもわずかながら見られるようだが、基本的に屋根の上に土を乗せ、そこに草を植えることによって、夏場は草のもつ蒸散作用で家の中を涼しくし、冬は厚い屋根のおかげで断熱性が高まるという仕組みだ。下の写真は、家を横から見たところ。木に囲まれているので、写真が撮りにくいのだ!

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 手作りの家なので、中にいて、なんか落ち着く。家の中にはもちろん暖炉があって、敷地内から集めた木で暖をとる。マリオンが得意の料理をするときには、カイルが野菜畑やハーブ畑に行って、材料を取ってくる。新鮮な食材で作られた料理は、俄然味が違う。ジャムやプラムの砂糖煮なども逸品だ。こういうのを本当のスローライフというのだろう。ベランダに座って川の音を聞きながらおしゃべりしていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。

注:草屋根については、以下のホームページをご参照ください。
世界の環境共生住宅 第6回草屋根の家 〜ノルウェイ
草屋根を使った若い建築家、前田由利さんの紹介ページ
posted by うずめ at 03:44| Comment(0) | TrackBack(1) | おともだち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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